大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和34年(ネ)2508号 判決 1961年10月16日

控訴人(原告) 内海勝二

被控訴人(被告) 国 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、原判決を取り消す、被控訴人国が別紙物件目録第一記載の土地について昭和二十二年十二月二日附でした買収処分が無効であることを確認する、被控訴人国は控訴人に対し別紙物件目録第一記載の土地について昭和二十二年十二月二日農林大臣が東京法務局世田谷出張所において職権をもつてした所有権取得登記の抹消登記手続をせよ、被控訴人和田清治は控訴人に対し別紙物件目録第二(一)記載の土地について同出張所昭和二十五年四月二十六日受付第四三五三号をもつてした所有権取得登記の抹消登記手続及び右土地の明渡しをせよ、被控訴人和田清は控訴人に対し別紙物件目録第二(二)記載の土地について同出張所同日受付第四三五五号をもつてした所有権取得登記の抹消登記手続及び右土地の明渡しをせよ、被控訴人和田静夫は別紙物件目録第二(三)記載の土地について同出張所同日受付第四三五四号をもつてした所有権取得登記の抹消登記手続及び右土地の明渡しをせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とするとの判決を求め、被控訴人国指定代理人並びに被控訴人和田清治、和田清及び和田静夫は、いずれも控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用及び認否は、控訴人訴訟代理人において、原判決事実摘示中記録一八〇丁表一行目に「原告等」とあるのを「原告」に訂正する、

被控訴人和田清治、和田清及び和田静夫において、原判決事実摘示中記録一七九丁表十行目、十二行目及び同丁裏二行目にそれぞれ「被告等」とあるのを「和田房吉、和田政太郎及び和田倉吉」に、また同丁表十行目に「原告」とあるのを「原告代理人田甫力太郎」に訂正すると各陳述し……(証拠省略)……たほかは、いずれも原判決事実摘示のとおりであるから、その記載をここに引用する。

理由

当裁判所は、当審における新たな証拠調の結果を参酌してもなお控訴人の本訴各請求を失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり附加訂正するほかは原判決理由説示と同一であるから、その記載をここに引用する。

附加訂正する点は、次のとおりである。

一  原判決理由中記録一八三丁裏十行目に「被告和田清治」とあるのを「被告和田清」に、同一八四丁表二行目に「被告和田清」とあるのを「被告和田清治」にそれぞれ改める。

二  原判決理由中記録一八六丁裏三行目から一八七丁表五行目までを次のとおり変更する。

「和田政太郎及び和田房吉が控訴人を代理する権限のある田甫力太郎から本件土地を無償で耕作使用することの承諾を受け、よつて控訴人との間に適法にその効力を生じた使用貸借に基きこれを耕作してきたところその後和田倉吉において本件土地の一部を両名から転借し耕作を続けたことは、前記引用に係る原判決が認定しているところである。したがつて本件買収当時本件土地のうち右政太郎及び房吉の耕作していた部分が旧自創法第二条第一項にいう小作地に該当することはいうまでもない。次に倉吉が右転借を受けるにつき当時の土地所有者たる控訴人の承諾を得たことはこれを認めるに足りる証拠がないから、倉吉は右転借をもつて控訴人に対抗することができなかつたものというのほかないけれども、しかし倉吉の右耕作は、右のような転借の事実もなく初めから全く無権原で不法に他人所有の農地を耕作してきたのとは違つて、同人は政太郎及び房吉が使用貸借により適法に耕作していた小作地の一部を同人らから転借したがただその転借につき所有者の承諾を経なかつたため該転借をもつて法律上所有者たる控訴人に対抗することができなかつたというだけであつて、転借人たる倉吉が該農地を耕作し続ける限りは、右転貸がなされたというゆえをもつて従前小作地として農地であつたものが農地でなくなつたり自作地に変つたりするわけではない。したがつて、農地を耕作地として維持し耕作者の地位の安定と農業生産力の増進とを図ろうとする旧自作農創設特別措置法の立法趣旨に照らして考えると、このような場合でも該農地は同法第二条第一項にいう小作地にあたるものと解するのが相当である。したがつて、本件土地中右買収当時和田倉吉の耕作にかかつた部分も同法上の小作地であるというべきである。」

三  当審における控訴人本人尋問の結果中、田甫力太郎に本件土地に関する使用権の設定につき控訴人を代理する権限のあつたこと、ないし本件土地が本件買収当時旧自作農創設特別措置法上の小作地であつたという原判決及び当審の事実認定に抵触する部分は右認定の基礎となつた各証拠に照らしたやすく信用することができないし、第三者の作成にかかり当裁判所が真正に成立したものと認める甲第八号証の一及び二によつても右認定を動かすのに十分でなく、かえつて、成立に争いのない甲第六号証及び第七号証の各一から三まで並びに当審証人和田政太郎の証言(右認定に一部抵触する部分を除く。)は右認定を支持する資料とすることができる。

よつて、以上と同趣旨に出た原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 川喜多正時 中田秀慧 賀集唱)

(別紙物件目録省略)

原審判決の主文、事実および理由

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、請求の趣旨として次のとおり述べた。

「一 被告国が別紙物件目録第一記載の土地について、昭和二二年一二月二日付でした買収処分が無効であることを確認する。

二 被告国は、原告に対し、別紙物件目録第一記載の土地について、昭和二二年一二月二日、農林大臣が東京法務局世田谷出張所において職権をもつてした所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

三 被告和田清治は、原告に対し、別紙物件目録第二(一)記載の土地について、同出張所昭和二五年四月二六日受付第四三五三号をもつてなされた所有権取得登記の抹消登記手続並びに右土地の明渡をせよ。

四 被告和田清は、原告に対し、別紙物件目録第二(二)記載の土地について、同出張所同日受付第四三五五号をもつてなされた所有権取得登記の抹消登記手続並びに右土地の明渡をせよ。

五 被告和田馬吉は、原告に対し、別紙物件目録第二(三)記載の土地について、同出張所同日受付第四三五四号をもつてなされた所有権取得登記の抹消登記手続並びに右土地の明渡をせよ。

六 訴訟費用は被告等の負担とする。」

第二請求の趣旨に対する答弁

被告国指定代理人並びに被告国以外の被告等は、主文と同旨の判決を求めた。

第三請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として次のとおり陳述した。

「一 別紙物件目録第一記載の土地(以下本件土地という。)は原告の所有であるが、東京都知事は、右土地は旧自作農創設特別措置法(以下旧自創法という。)第三条第一項第一号に該当するものとして昭和二二年一二月二日付で右土地について原告を相手方として買収処分をし、農林大臣は右買収処分にもとずいて請求の趣旨第二項記載のような所有権取得登記手続をし、昭和二五年四月二六日、被告国は本件土地を別紙物件目録第二(一)ないし(三)記載の土地三筆に分筆するとともに、地目を山林より畑に変更し、同時に別紙物件目録第二(一)記載の土地を被告和田清治に、同(二)記載の土地を被告和田清に、同(三)記載の土地を被告和田馬吉に対してそれぞれ売渡処分をして請求の趣旨第三項ないし第五項記載のような所有権取得登記手続をした。

二 しかし、本件土地は、原告が耕地整理による換地としてその所有権を取得後、昭和一九年頃から原告において耕作していた自作地であつて、第三者に耕作させたことはないのであるから、本件土地を小作地と誤認してした本件買収処分はかしがあり、右かしは重大且つ明白であるから右買収処分は無効である。

三 しかして、本件買収処分が無効である以上、それが有効であることを前提とする第一項記載の各売渡処分もまた無効であり、本件土地の所有権はなおいぜんとして原告に属しているといわなければならないので、先ず本件買収処分の無効であることの確認を求めるとともに、被告国に対して右買収処分にもとずく所有権取得登記、被告国以外の被告等に対して右各売渡処分にもとずく所有権取得登記の各抹消登記手続を求め、更に被告国以外の被告等は、何ら正当の権原もなく別紙物件目録第二(一)ないし(三)の土地をそれぞれ占有しているので、その各明渡を求める。

第四請求原因に対する答弁及び被告等の主張

一 被告国指定代理人は、答弁及び主張として次のとおり陳述した。

(一) 請求原因第一項記載の事実のうち、本件土地が原告の所有であることは否認するが、その余の事実は認める。同第二項記載の事実のうち原告が本件土地を換地によつて取得したことは認めるが、その余の事実は否認する。同第三項記載の事実のうち被告国以外の被告等が別紙物件目録第二(一)ないし(三)記載の土地をそれぞれ占有していることは認めるが、その余の主張は争う。

(二) 本件買収処分当時、本件土地は訴外和田房吉、同和田政太郎、同和田倉吉が賃借権又は使用貸借による使用権にもとずいて耕作していた小作地であるから、これを小作地と認定してした本件買収処分には何らかしがない。すなわち、本件土地は耕地整理によつて原告がその所有権を取得した後、荒れていたので、昭和一四、五年頃、前記和田房吉外二名が原告の承諾を得て耕作するようになつたものであつて、期間、賃料等については特に定めなかつたが、右房吉等は耕作の対価として麦その他の農作物を原告に交付していた。もつとも、昭和一九年五月頃、原告の三男が本件土地の一部の耕作方を申し出たので、政太郎の耕作部分であつた約四畝を同人に提供したことがあるか、同人は約半年で耕作を中止し、その後政太郎は更に原告の承諾を得て本件買収当時まで耕作を続けていたのであつて、原告と房吉外二名との間には賃貸借又は少くとも使用貸借関係が成立存続していたのである。

(三) 仮に本件土地が本件買収処分当時、小作地ではなく、房吉等が何らの権限なく事実上耕作していたものであるとしても、本件買収処分のかしは重大且つ明白とはいえないから当然には無効でなく、単に取り消し得べきものにすぎない。

(1) 一般に行政処分が無効というためには、単に当該処分に重大なるかしがあるのみでは足らず、そのかしが客観的に明白であることを要する。ところが、本件買収処分当時、本件土地は附近一帯の農地とともに農地地帯に属し、被告国を除く被告等が農業経営の対象として現実に耕作をし、しかも農地委員会の調査に際しては同被告等が適法に原告より借り受けて耕作している旨を同委員会に申述していたのであるから、当時本件土地を小作地と認定することは極めて自然であり、本件土地が小作地でなかつたことは客観的に明白とはいえなかつたのであるから、右土地を小作地と認定してした本件買収処分は、まだ客観的に明白なかしがあるとはいえない。

(2) 旧自創法、農地調整法等の農地改革法令は、連合国最高司令官の昭和二〇年一二月九日付覚書によつて立案施行されたものであるが、同司令部が農地改革事業を迅速に行うことを強く要求したため、旧自創法施行令第二一条第一項は、政府は旧自創法第三条の規定による買収処分同法第一六条の規定による売渡処分を昭和二三年一二月三一日までに完了しなけばならないと規定し、更に同条第二項は、市町村農地委員会は、旧自創法第六条及び同法第一八条の規定による売渡計画を速かに定めるものとし、遅くとも昭和二三年一〇月三一日までにこれを完了しなければならないと規定したのであり、更に右の短期間のうちにこれも同司令部の要求によつて全国で二〇〇万町歩にも及ぶ小作地の解放が計画されたのである。このように短期間のうちに広汎な農地の買収、売渡が要求されたため、買収の対象となつた個々の農地の利用関係を詳細に調査することは事実上不可能であり、したがつてその調査はある一定の段階で満足せざるを得なかつた。しかして本件土地は、(1)記載のとおり一見小作地と認定せざるを得ない状況に置かれていたのであるから、農地委員会が現になした以上の詳細な調査を要求するのは、不可能を強いるものであつて、期待可能性がなかつたものというべきである。要するに、本件買収処分はまだ明白なかしがあるとはいえないので、取り消されるならば格別当然に無効の処分ではない。

二 被告和田清治、同和田清、同和田馬吉三名は、答弁及び主張として次のとおり陳述した。

(一) 請求原因第一項記載の事実のうち、本件土地が原告の所有であることは否認するが、被告国が右土地の地目を変更したとの点は不知、その余の事実は認める。第二項記載の事実のうち、原告が本件土地を換地によつて取得したことは認めるが、その余の事実は否認する。第三項記載の事実は否認する。

(二) 昭和一四、五年頃、被告等は、原告の承認を得て当時荒地であつた本件土地の耕作を始めたが、期間、賃料等の定めはなかつた。昭和一九年五月頃、原告の三男が被告等に対して耕作方を申し入れ、提供された約四畝を耕作したが、建康を害したため約半年で中止し、その後被告等は原告より引き続き本件土地を耕作することの承諾を受けて本件買収処分当時これを耕作していたものである。したがつて、本件土地を小作地と認定してした本件買収処分は適法かつ有効であり、更にこれにもとずく所有権取得登記並びに占有はすべて有効である。

第五被告等の主張に対する原告の陳述

原告訴訟代理人は、被告等の主張に対し、次のとおり陳述した。

一 本件土地の耕作について原告は如何なる第三者にもこれを承諾したことはない。仮に原告の三男昭勝又は田甫力太郎が承諾を与えたとしても、原告等は同人に対して何らの代理権を授与したことはないから、右の承諾は原告との関係において効力がない。

二 本件買収処分当時、本件土地について原告と被告和田等との間に賃貸借ないし使用貸借関係が存在しなかつたことは、次の事実によつても明らかである。すなわち、若し何らかの賃貸借関係が成立したとすれば、原告としては、食糧不足の折柄現物を要求した筈であり、あるいは少くとも本件土地の税金の支払程度は被告和田等に要求するのが当然と考えられるのに、何らの要求をしていない。また原告は当時衆議院議員であつて自作農創設特別措置法案審議の委員であつたのであるから、若し本件土地について賃貸借関係が成立していたとすればその買収を免れるために契約の解除を執つた筈であるのに、原告はそのような手続をしていないのである。

三 仮に、原告が本件買収処分以前から被告和田等の先代が耕作しているのを黙認していたとしても、それだけでは当然に原告と同人等の間に使用貸借関係を成立せしめるものではない。

四 故に、訴外和田房吉、同和田政太郎両名が本件土地について使用貸借による使用権を取得したとしても、被告和田清治は当然に使用権を有するものではなく、本件買収処分当時における同被告の耕作は不法耕作に外ならない。

五 本件買収処分は、小作地に非ざる本件土地を小作地と誤認してなしたものであるから、そのかしが重大であることはいうまでもなく、それが明白であることは次のことによつて明らかである。すなわち、本件買収処分に際しては、農地委員会は単に耕作者である被告和田等先代に貸借関係についての答申を求めたのみで、貸借契約書の有無、賃料領収証の存否等についての調査をしなかつたのみならず、所有者である原告からは何の答申をも求める措置をとらなかつたのであつて、しかも農地委員会の調査員に対する被告和田等先代の答申は甚だあいまいなものであつたのであるから、農地委員会としては所有者である原告についても調査を実施すべきであつたのであり、本件買収処分の直前には原告の三男が本件土地を耕作した事実もあるし、原告は当時衆議院議員で本件土地の附近に居住していたのであるから、原告に問い合わせるなどの方法によつて被告和田等が何ら本件土地の使用権を有するものではないことを容易に知り得た筈である。なお、農地買収手続が連合国の占領政策によつて迅速性を要求されたとしても、それによつて農地所有者の基本的人権の侵害が正当化されるものでないことはいうまでもない。特に本件買収処分は昭和二四年三月二五日付の買収令書によつてなされており、また被告和田等に売渡処分のなされたのは同二五年四月二六日であるから、買収処分、売渡処分は昭和二三年一二月三一日までに完了しなければならなかつたので個別的調査は期待することが不可能であつた旨の被告国の主張は本件買収処分についてはあてはまらない。しかも本件土地については、いま少しの調査が行われたならば小作地でないことが容易に明らかとなつたのであるから、小作地ではないことを確認することの期待可能性がなかつたとはとうていいえない。

第六証拠関係<省略>

理由

一 はじめ本件土地が原告の所有であつたところ、東京都知事が本件土地につき旧自創法第三条第一項第一号に該当するものとして昭和二二年一二月二日付で原告を相手方として買収処分をしたこと、昭和二五年四月二六日、被告国が本件土地を別紙物件目録第二(一)ないし(三)記載の土地三筆に分筆すると同時に別紙物件目録第二(一)記載の土地を被告和田清に、同(二)記載の土地を被告和田清治に、同(三)記載の土地を被告和田馬吉に対してそれぞれ売渡処分をしたこと、右各土地につき請求の趣旨第二項ないし第五項の各所有権取得登記手続がそれぞれなされたことはいずれも当事者間に争がない。

二 そこで先ず本件土地が本件買収処分当時小作地であつたかどうかについて判断をすることとしよう。証人田甫力太郎、同内海康勝、同内海昭勝、同和田政太郎、同和田房吉、同小川茂の各証言、原告本人内海勝二尋問の結果(但し田甫証人の証言については後記措信しない部分を除く。)を綜合すると、

(一) 原告は、昭和一六年頃、付近一帯の緑地化を目的とする耕地整理事業にもとづく換地処分により本件土地の所有権を取得したものの、将来いずれはこれを工場敷地として使用するつもりでさしあたり耕作その他の用に供することなく放置していたところ、もともと右土地は被告和田清治の父和田政太郎の家屋敷のあつたところで政太郎がこれを耕地整理組合に譲渡したものであつて、同人の父は前に原告の先代のため附近の土地を管理したこともあつたので、右政太郎と被告和田清の父和田房吉の両名は、その頃、原告の使用人田甫力太郎に対し、右空地の耕作をさせて貰いたい旨の申し入れをなしてその承諾を受け、その後右両名及び同人等よりその一部を転借した被告和田馬吉の父和田倉吉の三名で本件土地を略三等分して耕作をしていたこと。

(二) 和田政太郎等が田甫から耕作の承諾を受けるについては、土地使用の期間や対価については何らの約束もなく、政太郎等は、本件土地の耕作中謝礼の趣旨で一、二回麦、馬鈴藷等の作物を田甫のもとに持参したことはあるが、政太郎等において田甫あるいは原告に耕作の対価を支払つたことはないこと。

(三) 昭和二〇年秋頃、原告の息子康勝、昭勝の両名は、食糧難の折柄原告所有の本件土地を自ら耕作して食糧を確保することを思い立ち、当時右土地を耕作していた政太郎にその旨申し出たところ、同人は快くこれに応じてその耕作中の土地のうち約一二〇坪を康勝等に提供したので、同人等はここで麦を栽培したが、昭和二一年一月に至り昭勝が病気で入院したため、康勝も耕作をあきらめ、前記政太郎等が代つて麦を収穫し、これを康勝等に手渡したが、康勝等が耕作を中止した後の土地は政太郎が従前と同じく耕作を続け、右以外の土地は終始同人等において耕作を続けたこと。

を認めることができる。田甫証人の証言中には、同人は政太郎等に本件土地の耕作の承諾を与えたことがないとの供述があるけれども、これは証人和田政太郎、同和田房吉両名の証言と対比してそのままには措信しがたい。その他に右認定を左右するに足る証拠は存在しない。

そこで次に、田甫に果して本件土地に関する使用権の設定につき原告を代理する権限があつたかどうかについて判断するに、証人田甫力太郎(後記信用しない部分を除く)、同和田政太郎の各証言に原告本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く)及び本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば、原告は終戦前まではこの地方一帯の大地主であつたが、自らは科学工業の経営を業とし、また爵位もあり、貴族院議員でもあつて、日常の家事や財産の管理等は自らこれをすることなく、多く使用人にまかせがちであつたところ、田甫力太郎はその父が原告の先代に用いられた縁故により若い時から原告方に出入し、長じて後はその執事とか秘書とかの地位につき原告方にあつてその家庭的な事務一般についてこれをとりしきつていたこと、当時原告本人は本件土地を将来はじめる工場の敷地としようとの考えでこれをそのまま放置していたものでその農地としての利用については重大な関心を有しなかつたこと、和田政太郎とは先代以来縁故のある関係であつたこと、原告は少くとも前述のとおり昭勝等が本件土地の一部を耕作した当時には本件土地を政太郎等が耕作しているのを知りながら何ら異議を述べなかつたことを認めるに足り、これらの事実によつて考えれば田甫は少くとも当時本件土地の使用を和田らに許す程度の事務については原告から包括的な代理権が与えられていたものと推認するのが相当である。右認定に反する証人田甫力太郎の証言及び原告本人尋問の結果は採用せず、その他に右認定をくつがえすに足りる的確な証拠はない。したがつて田甫が政太郎並びに房吉に本件土地の耕作を承諾した結果、原告と同人等との間には適法に使用貸借関係(賃料の定めがなかつたことは前記認定のとおりである。)が設定され、その後右両名はこれより生ずる権限にもとずいて本件土地を耕作していたものということができる。その後前記認定のとおり本件土地のうち政太郎が耕作していた部分の一部を原告の息子たちが一時耕作したことはあるが、同人等が耕作を放棄した後政太郎が再び耕作を継続するについて原告はこれを知りながら黙認していたことが原告本人の供述によつて認められる以上、右土地については右一時の中断後も使用貸借関係が存続していたものというべきである。

次に和田倉吉が本件土地の一部を政太郎等から転借して耕作していたことは前記認定のとおりであるが、右転借について原告が明示の承諾をしたことの直接の証拠は存在しない。しかし、政太郎等が本件土地を原告から借りるに至つたのは前記のようないきさつであつて、土地の利用そのものについて当時原告に深い関心がなく、しかも本件土地のいずれの部分を誰が耕作するかを特定せず莫然と貸借関係が設定されたことなどから考えれば、原告としては貸借の相手方としては政太郎らが責任をもつかぎり実際に耕作するのが誰かについて特に関心を有せず政太郎等において将来本件土地の全部又は一部を第三者に転貸することを暗黙のうちに予め承諾していたものと認められる。したがつて政太郎等から本件土地の一部を転借した倉吉もまた本件買収処分当時原告に対抗しうる使用借権にもとずいて本件土地の一部を耕作していたものということができる。

三 以上のとおりであるから、本件土地を旧自創法第三条第一項第一号に該当する小作地としてした本件買収処分は、結局において適法というべきであるから、その無効確認を求める原告の請求はその余の点について判断を加えるまでもなく理由がないものというべく、またその他の原告の請求はいずれも本件買取処分が無効であることを前提とするものであるから同様に理由がないものといわなければならない。よつて原告の本訴請求はいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(昭和三四年一〇月一五日東京地方裁判所判決)

(別紙目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例